無駄をやる

「むりしなくていい」「いっしょうけんめいやらない」「たまたまうまくいく」「うっかりいいことがある」「むだなことをする」みたいなことって、教えてもらえない。

だから、教室に掲げてある目標とか、毎年書かかせられる抱負とか、「限界に挑戦」とか「一生懸命」とか「努力」とかが多い。会社とかは「効率化」とかが書いてあるかも。

芸術の世界ってそことはまったく価値が違うので、だからこそ、常々接している世界とは違う体験として大人(とくに誰かを支えたり教えたり伝えたりするお仕事の方々)にはたっぷりそうではない世界に浸って欲しいなと思う。そういう思いもあってひたすら「大人の遊び場」をやっている。なんのためにするか、とか考えないもの。それが「遊び」。「書道」ってイメージがみんなにとって「学校の習字」でしかなくて残念でならないので、それを壊すって意味もちょっとある。

意図していない線が美しかったとか、やってみたらただ面白いとか、ぐちゃぐちゃやってたらなんかできたとか。無駄や偶然の産物。そういうもので実は世界は成り立っていることがある。無駄をしようよ、とか。無理しなくていいんじゃない?と言える大人が増えた方が生きやすい。子どもたちは、だらだらしたり、ふらふらしたり、そうやってでも「生きる」っていいんだ、って思ってもらった方がよっぽど楽になる。

真面目に働かなくちゃだめ?毎日働かなくちゃダメ?がむしゃらに夢追うのがいいの?そういうことじゃなくて。「なんにもしなくても君がいる世界は楽しいな!」って言っていこうよ、大人たち。そのあとに、「この楽しい世界でなんかしたい!」って思っていくもんだと思う。で、そういうことを言える大人って、やっぱりとことん、無駄とか馬鹿なこととかもたっぷりしてないと、言えない気がするわけなので。

ばかみたいに墨で汚れて、なんにも生み出さないなんて、考えてみたらめちゃくちゃなこと。ただそこにいる人が、「わ、おもしろい」って言えばいいかなあという、ばかみたいにむだな場所を作っています。

OTONA書道部
参加費:4000円で書き放題。
18:00〜20:00
場所:川の上、百俵館(石巻市小船越字山畑343-1)

ついでに言うと、書道そのものは、修行だ。修行というものもまた、実は「なんのために」というものを無くし、徹底して「自分自身にとっての技術」を身につけるもの。ある意味では、肌感覚、身体で覚えるもの。それはそれで世界があるので、このあたりはまた、別の機会に。

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この記事を書いた人

朱紅 icco/櫻井育子

対話的書家
教育デザイナー



特別支援教育の現場経験をもとに、
書と対話を通して、人の発達や関係性を探究。
すみあそび、Art Play Worker、はみだすラボなどの活動を通じて、
人が自分の感覚を信じて生きられるための
学びと実践をデザインしている。

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