「コーヒーとパンがないと生きていけない気がする。」

最近いろんな分野の方々や、本を読んだり、最近の社会の動きなんかを見続けてながらも、やはり私のところには様々な相談が入ってきます。そのほとんどは、ほぼ「社会側の問題」と言ってもいい内容なので、本当に社会は変化しているの?と疑ってしまうことが多いのです。

先日も、大人になってから発達障害と疑われています、という方が相談にいらっしゃいました。本人の年齢から考えても幼少期にはとても理解のない環境下で過ごし、ほぼ自己肯定感は育たないままストレスと常に同居するような生活。やっと仕事が見つかってもその特性ゆえに続かなかったり、人間関係がうまくいかなかったり。最近、自分は少し違うのではないかと感じたものの、中学から精神病院に通っていることもあり、現在の状況は複雑に絡んでおり「ボーダー」という言われかたをしてきたようでした。本人は普通に働くことができるときもあるし、苦手なタイプと出会ってしまうと途端に弱まってしまう。

お子さんのケースでも、「調子のいい時はいいんだけれどダメな人は全くダメで」とか、「自分のルールがはっきりしているのでこういう声がけでないと動けない」とか、「あの先生が合わなくて、もう学校に行けないんです」なんていう声を聞くことがあります。だいたいの大人が、「世の中にはそういう人もいるから慣れないと」、「耐性をつけておいたほうが」、「そんなことわがままなだけなんじゃないでしょうか」と言って、子どもたちやその本人の行動を適応させるように促しがちです。

なぜか堂々と、「私はこうだから!」と強気になることをあまり良しとしていない風潮があるように思えてなりません。もちろん、すべてのことが本人の思い通りになるということではないのです。ある特定の状況で、「これはいやだ」と思ったら、なにはともあれ本人の理屈や声をきちんと受け止めることが大事なのです。特に、発達障害のある方々にとっては、多くの人たちとは違う感覚や認知の仕方で物事を受け止めています。それは、決して簡単に理解できるようなものではないのです。だからこそ、まずはどう感じたのかを言えるような環境を作ることが重要だと感じています。

よく、「空気が読めない」という言葉で片付けられますが、特に成人以降に分かった発達障害の方や他の人との違いを感じている人ほど、「これを言っていいんだっけ?」「あ、また言ってしまった」「また嫌われるかもしれない」と非常に神経質になっていることが多いのだと感じることがあります。とはいってもそのことをすぐに伝えたり、謝ったり、人との距離感を取ること自体が難しい方々も知るために悩んでいることが理解されにくかったり、誤解されてしまうことも多々あるのです。

「自分がこう感じてしまうのは、私がダメだからですよね、障害受容をしなくちゃいけないってことですよね」と何度も何度も確認するその言葉が、とても痛々しく響きました。精神が病んでしまうほど、自分と他人との違いに深く傷ついている方でした。「あなたはダメじゃないんです。いた場所のルールとあなたのルールが違うだけなんです。だからできる限り、自分のルールで生きていけるところを探したり、自分のルールはこうだよ、こう感じるよ、と伝えていいんです」と話しました。

一方で、やはり不安になりました。世の中はすでに、「違い」を受け入れて多様なままに生きていくことを応援するような場所を作ろうとしている。そしてメディアでもそういう伝え方をしている。「すべての人がありのままで」という言葉に反対している人は少ないとさえ思う。しかし、いざ一緒に働いたり、一緒に住んだり、より身近になった瞬間に、まるで「あなただけがおかしいのよ」と言わんばかりの対応になってしまうという現実を私は見てきました。

乖離しているのは社会なのか、人間なのか。私たちは本当に、自分のことを自分で決めて生きているのだろうか。自分たちがいいと思っているルールは、果たして誰のものなんだろうか。本当は一人一人、自分の「ルール」があっていいのだと思うのに、やはり「みんながこうしているから、あなたもこうしてね」という暗黙のルール、暗黙の圧力とさえ言えるものが蔓延っているような気がしています。

「『LGBT、別にいいじゃない、理解してるよ』と言った人に、『じゃああなたの息子さんがそうなったら、認めてあげますか?』と質問したら、途端に『いや、それとこれとは違うよ』って言ったんです。なにが違うんですかね。結局、関わりたくないってことですよね」と、LGBTを伝える活動をしている友人が憤っていたのを思い出しました。

テレビや雑誌で紹介されている「発達障害」はよくて、身近にいる「ちょっと変わった人」は理解できない。なんとなく、そんなことがチラチラと見え始めて。自分の一番身近な人を、関わる人を幸せにできるだけでいいので、小さく小さく伝えていかなくてはならないんだと思ったし、色々な意味で本当に本当に、まだまだなんだと愕然とした感じ。

あらためて、言葉を大にして言いますが、「自分のルール」は大事にしていいのです。無理に自分を殺し、適応させ、納得していないのに行動を変えることは、とても苦しいことです。不必要な苦しみは得ない方がいいのです。もちろん、もう少しみんなと一緒に何かしたい、こんなことしたい、と思って納得して自分のルールが少しずつ変わっていくことは、素晴らしいことです。できる限り、自分から行動変容を起こすこと、自らの動機があって、初めて意味のある学びになるのだと思います。

TANEでは発達に関するアセスメントも行います。違いを知る、小さい時からそれが分かることはとてもいいこと。自分の説明書ができるだけ早く描けると楽だろうなあと思っています。

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。

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