今年に入って、卒業生である青年から突然着信があった。以前から、たわいのないメールを送ってきていて、その内容も幼く、ちょっと甘えたようなところのある子だったので、さほど気にせず、移動中だったこともあり出なかった。その後に「お父さんが家で倒れたので救急車を呼んで病院に行ったが、亡くなった」というメールが入り、バタバタと彼の周りで葬儀の準備が始まった。

彼は中学生くらいのときに母親も亡くしていて、父親とふたり暮らしだった。人と関わることは好きだが、うまく距離感が取れずに他者への執着や依存などもあり、なかなか社会的にうまくやっていくことが難しく、どちらかというと嫌われてしまうことが多かった。背景を考えれば、甘えたかった時期に母親がいなくなり、うまく愛着形成ができないこともあったが、高等部で出会ったときには、とても自己否定が強く、ひねくれたり、特定の人を慕いすぎたり、意固地になったりするその態度が原因で、同級生からも非難されることが多い子だった。

赴任したてのことだったので様子を見てみると、その発端は、ある教員からの「また〇〇(名前)は、、、」とか「分かったか?〇〇!」というからかい(と、その教員は言っていた)が、他の子達にも(あの子にはそういう風に言っていいんだな)という風潮を醸し出していた。すぐさまその状態を問題化しなければ、このまま彼らは「誰かをバカにしてもいいんだ」ということを覚えてしまう。このように無意識に教員がかけている言葉には「いじめ」の芽がいくつもあることに愕然とした。何より、無自覚であることが罪深い。

とにかく現状改善に取りかかり、高等部時代には自分のいいところを探し、できることを認め、基本的な信頼関係を作ることができるようになってきた。もちろんいいところは認める。しかし、ダメなことはダメだと言う。あたりまえの人間関係を結ぶことを何より大切にして関わってきたと思う。「育子先生、こわい」という言葉も聞いたが、それでも彼は卒業後もずっと関わり続けていた。

「相手を尊重すること」、言葉では簡単に言える。しかし実際には、彼に知的障害があるからといって、からかうような態度で面白がっていた教員、高圧的な態度に出る就職先の人々、言っても分からないよねという態度で妙に子ども扱いする関係者、彼が出会ってきた人たちは、そういう大人たちだったのかもしれないと思うと、なんとも悲しい。

そんな彼だが、とにかく福祉の現場も一般就労も難しい状態で在宅になった矢先の、父親の死である。相当に傷つき、もしかしたら大変な状況になるかもしれないと思い、外部機関と連携をするように見守ろうと思っていた。はじめのうちは、メールで「孤独だ」「寂しい」が、「結婚したい」「一緒に住みたい」などの妄想に変化し、だいぶ退行するような気配もあった。しかし、なんとなくではなるが、彼にとって今が一番、変化のチャンスかもしれないとも思えた。

メールのやり取りだけではあるが、私は彼に、語尾の使い方、あいさつ、自分の気持ちの表し方などについて、「子どもじみたメールはやめて、きちんとしたやり取りをしていこう」と指摘した。「お父さんもお母さんも、君がもう大丈夫だと思って上に行ったのだ。もう大人なんだと思うし、私も大人の君とやり取りがしたい。」もしかしたら今こんなことを指摘するなんて冷たい、ひどい、と思われるかもしれない。しかし、寂しい気持ちを受け止めるのが、彼の成長にいいことだとも思えなかった。それは彼を、私自身が「何もできない子、誰かを頼らないと生きていけない子」というレッテルを貼ることになる気がした。

彼は、その言葉に対して、「ゆっくりだと思うけれどがんばりたいし、大人になりたいと思う」という返事をくれた。そしてやたらときていたメールの本数も限定したり、言葉遣いも直したりしながら、私にできることを考えながら現在も継続している。彼は、劇的に変化した。もちろんメールの中だけかもしれないが、言語能力がこんなに高かったのかということも分かってきた。愚痴はなくなり、相手を気遣い、ついには私の母の心配までしてくれるようになった。時々電話をくれるが、とても明るい。今は親族に支えられながら、一人で生活をしている。もちろん、これは彼の生活の一部しか見ていない私からの視点である。

誰か、たった一人でもいいから、その人が成長していることを認め、励まし、そのことがたとえ人生の一部でもかまわないから、「ああ、よかった」と言えるようなつながり。卒業生だから関わっている?そんなことではない。仕事だとか立場だとかではない。友人として、一緒に生きているようなものだ。そういう人が圧倒的に少ない。問題はここなんだ。

分断されている。同級生だってたくさんいたはずだ。何が「特別支援教育」だ。何が「インクルーシブ教育」だ。私たちは本当はものすごい差別意識をぐちゃぐちゃに抱えながら、あの人とは違う、と思って生きている。相模原の事件を起こしたのは、このものすごいぐちゃぐちゃと抱えた差別意識と特権意識だ。そしてそれをこともあろうに、「分かり合えることはない」と、「抹消」しようという判決のようにさえ見える。

「誰か、たった一人でもいいから、その人が成長していることを認め、励まし、そのことがたとえ人生の一部でもかまわないから、「ああ、よかった」と言えるようなつながり。」これが、本当に本当に必要なのは、私たち自身だ。

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。

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