昨日、友人の畑に遊びに行った。草取りをしたい、土に触りたい、とかねてからお願いしていたのだ。私は生まれも育ちも石巻だが、「とち」とか「いえ」とかに全く執着しない祖父母の影響で、それら「所有の財産」的なものに対して興味のないまま育っており、現在に至る。一方で、歴史好きだった祖父のおかげで地理や歴史は大好きだし、建築物の美しさにや路地裏の家々に思いをはせるなどして、「とち」も「いえ」も、嫌いではないのだ。

歴史的に見ても、奪ったり奪われたりしながら、そして持つもの持たざるもので身分が分け隔てられながらも、それでもやはり、貧乏な家からも天才が育ち、芸術家が生まれたりもするわけで、そもそも生まれてくる子どもの「得意不得意」は、「所有」や「財産」とは一切関係がない。

かつてははっきりと、それら「金持ち」、「貧乏」が分かりやすい(見た目、住む場所等)で分けられていた時代(昭和前期)から、一億総中流時代とかいう言葉によって貧困層があたかもかき消されるかのように問題視されないという時代(昭和後期)があり、そしてそんな時代はとっくに終わっていることを「見ないように」しながら(平成)、隠れた貧困層が実は多くなっていたという現在(令和)、かもしれないと思う。

どの時代にも、同じように「格差」は存在していた。そして、今。教育格差やら情報格差やら、オンライン格差やら、コロナ後の社会はどうなるという話で持ちきりだ。思えば、我が家は子ども時代、どうやら「貧困」にあたる家庭だった。それはつまり、母子家庭という世帯と収入ベース、統計学上の話。そんな私が唯一言えることは、そんな格差は結構どうでもよくて、大事なのは、それによって「文化格差」が開くこと、だと考えている。

文化的資本、つまり、本や音楽や演劇や芸術的なものを味わうことが貧困と実は大きく関わっていると私は思う。我が家は統計上金銭上は貧困でも、文化的資本の子どもへの投資率が高いという恵まれたケースだったのかもしれない。本、音楽、芸術鑑賞、それだけではなく文化的な余暇(遊び)に、どれくらい触れられるか。ここで格差が開いてしまうと、「好奇心」「もっと見てみたい」「こんな世界があるのか」という出会いが限りなく狭くなっているということが問題なのだと思う。

体験の幅、というと平たくなるので、そういうことでもない。直に触れる体験だけがすべてではない。想像力と妄想力を鍛えられるような体験とでも言い換えたほうがいいかもしれない。みんなと同じ体験を増やすために、わざわざ本人が苦手な集団でBBQをしに行く、とか、遊園地くらい行っておかないと、みたいな考えで子どもに体験を「与える」のは、子ども時代の私から言わせれば最悪。私にしてみれば遊園地よりは、母に連れて行ってもらったスナックや喫茶店の方が、よほど文化的だったから。いろんな種類の大人に出会えて音楽やお酒やコーヒーの種類、いろんなことがおもしろかった。

そういうことだから、文化的資本とは、格式高い文化に触れろということでも、なんでもない。実際、書道界や着物文化なんかは、やれ〇〇式やら流やらの妙に格式ばったもののせいで、そうでなければならないという「古典」と化してしまいつまらなくなっている。(この辺りを岡本太郎氏が「日本の伝統」で気持ちよく書いてくださっている)。肝心なのは、そこに「どんな大人がいるか」である。常識的で一般的な人たちだけではなく、価値観が多様な人々とどう出会うか。昨日、オンラインでの講演会の中で苫野一徳氏が、「本物に出会っておくこと」、とおっしゃっていた。その世界でその価値観で生き抜いてきたぞ、という大人に出会うことはとても重要なことだと思う。

そしてもう一つ。大人が子どもに求める矛盾。なってほしい姿や、求める理想の子ども像、なんていうもの、あれ自体が悪しき妄想の世界だ。「グローバルな時代、変化の激しい時代に生き抜くことができる云々」については、まずは私たちがそれを体現(それはもう、どんな形でもよくて答えが無限大だ)してから言うべきだろう。そもそも「生き抜く」とかって何?「効率よく稼いで、経済的に潤うことや、たくさんのいいねがついて評価をもらえること」が「生き抜くこと」だとでも言わんばかりの、「成功者イメージ」を、大人が持ってる自体でアウトだろう。

強くなんてなれないらしい。だったら、どんと構えて、「さて、実はよく分からん。だからもう君たちの好きなようにやってみたらいいし、一緒に考えよう。」って言えるような大人でいたいし、もはや、自分がとことん弱く、どうしようもなく弱い、ということをきちんと認めて生きていきたいよね、ということを、ものすごい生命力の草たちを見つめながら、あらためて痛感して帰ってきた。


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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。

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