Nさんの勢いのある「夏」

8月は暑い。夏だからしかたがない。夏は汗をかく。汗をかくとかゆい。これもしかたがない。

わたしの身体はアトピー性皮膚炎というものがあり、これは「完治」という状態になるのはとても難しいらしく、「寛解」といって、症状が出ない、という程度の状態を保つことはできる。

実は以前、それが激しく悪化したことで休職することにもなった。思えば小さい頃から皮膚が弱かった。大学時代に再発、これがやっかいだった。当時は何も知識がないので皮膚科に通い、ステロイドをもらい続けていた。すぐ治るので気にすることもなかったし、当然それは働いてからも続いて、酷くなればちょっと塗って対処してきた。震災時は驚くほど症状が出なくて、もう治ったのかも、なんて気楽に生きていた。ところが、少し落ち着いて生活し始めた途端、驚くほどのスピードで悪化したのである。何度も薬を塗り続けてきたところが、どんどん膿んでくる感じ。それも強烈な痒みとともにやってくるから、眠れない。夜になり体温が上がるとますます痒くなる。すると、寝るのが怖いという状態に陥る。今度は不眠。寝不足で体力も気力もなくなり、鏡を見ては悲しくなり、ますます気分が下がる。あっという間に、「アトピー性皮膚炎」というよりもその「かゆみによる二次障害」のような状態になった。

なんでこのタイミングで?と思うのが病気なのかもしれない。当時は必死で原因を追求しようとし、食事療法、鍼治療、温熱、整体、よいと思ったものならなんでもやった。アトピー治療ジプシー。病院もステロイドを使わないところを選び、漢方やら何やらと必死だった。結局、「何をやっても治らない」ということに気がついて、あるとき一切の努力を捨てることにした。見ると辛いから鏡も無くした。もはや休職期間が終わろうとする寸前だった。共存していくしかないという覚悟だった。治ってないのに戻って、「まだ大変そうだね」「無理しないでね」と言われることが恐怖だった。そう気がついたとき、結局わたしは、「見られる自分」を意識しすぎてきたことにも気がついた。「ちゃんと仕事できる自分」「元気でがんばっている自分」。体調管理ができないと大人じゃない、と言われることも多かった。生理痛も酷くてよく倒れていたから、無意識に「自分は自己管理できないダメな人間」と思い込んでいたと思う。傷つくことも多かったし、気になることも多かった。それは全部、怒りになって溜まっていた。

「治す」ではなく「共存」だったら、症状が出ないようにした方がいい。症状が出たとしも、安心して出してあげたほうがいい。と思うようになったら治療することもないし、無理しなければいいだけだな、という考えがお告げのごとくやってきて、なんだかそれはいつもわたしが考えてきたことだな、障害のある子どもたちに伝えてきたのだって、そういうことだったよな、環境よくしたら困らないんだよな、と一気にいろんなことがつながった。そして気になることや傷つくことがあってもいいから、「怒り」として溜めないで出せばいい、ということにも気がついた。まあまあいろんな紆余曲折はあったけど、いまここ、である。で、アトピーはどうなっているかというと、すっかり症状はなくなって、まるで完治?と思ったけど、やっぱりそれはセンサーのように出てきたり引っ込んだりする。驚くほどわかりやすいので、これがあるから生きていられるとすら思う。

というわけで、最近また何かを知らせてくれているこの身体。休め、のサインである。調子に乗れる書道塾とか言って自分自身が調子に乗って動きすぎたらダメなのだ。そして何より、理不尽な世界を知れば知るほど「怒り」も溜まってしまうのだ。世の中の人は毎日働いているだろうとか、もっと大変な人もいるんだとか、そんなことを考えたり感じそうになる自分がまだどっかにいる。でも、もしそう感じて苦しんでいる人のためにも、思いっきりそれは「ちがう」と言いたい。わたしの身体はどう考えてもひとつしかない。身体を整える、ということを中心に生きる。その身体ごとに、いろんな特徴があり、そもそも比較できるものではないということ。

堂々と休むことが認められる社会を作るには、堂々と休むことしかない。頑張っているとか頑張っていないとか、そんなことはどうでもいい、ということ。大人の休み上手が増えれば、子どもも安心して育つということ。
そんなことを伝えつつ、少しお休みをいただきます。

8月27日のつなぎめ講座ヤタイあたりから、じわりと動き始めたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

みんなにシェアしてね!

櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。