逃げる、休む、やめる権利

急いだり競ったり焦ったりし過ぎている「ように見える」だけで、ほんとは誰一人、急ぎたくないし、ゆっくり寝ていたいし、なんなら働きたくないんじゃないのかしら。なのに働くことを前提にされているだけ。花なんかを見て、ゆっくりしないと見えない世界がある、なんて言うのもただのパフォーマンスかもしれない。

「わたし、自己肯定感低いんです」って自己申告するひとたちがたくさんいる。でもたぶんそれもきっと、他者が自己肯定感が高くて生き生きしている「ように見える」というだけで、そもそも自己肯定、なんてのは高いも低いではなくて、「わたしはこんなんです、ひとつよろしく」みたいな感覚でいい。言葉に怯えなくていい。

世の中を自分の目で、「ちゃんと見る」って大事だなと思う。鵜呑みにしない、問いをやめない、追及する、疑う、反抗する、意見を言う、主張する、そんなことばかりしてると何か言われそうで怖いって世の中自体がおかしいんだけど、よくよくよくよく自分の目で見たらきっと、批判するひとしかいないんじゃなくて、何も言わないひとがいるだけなんだ。だったらそっちを応援人数に数えてしまったほうがいい。見えない味方は多いと信じてしまえ。

全世界にたったひとりで戦いを挑むみたいな気分になるのも人間。だけど全世界を守ろうとみんなとハグができるのも人間。

逃げていいし、休んでいいし、やめてもいい。

でも、やりたいときはがんばっていいし、立ち止まっていいし、固まっていてもいい。

いま、感じていることを「ああ、わたしこう感じてる!」と思えるだけで、まずは自己肯定できたことになる。なかったことにはしないでほしい。何度もいいたい。そもそも人は、すべての存在は、そこにいま「在る」だけでよい。何もなさなくていい。役に立つだとか立たないだとか、そんなこと背負って生まれてない。

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この記事を書いた人

朱紅 icco/櫻井育子

対話的書家
教育デザイナー



特別支援教育の現場経験をもとに、
書と対話を通して、人の発達や関係性を探究。
すみあそび、Art Play Worker、はみだすラボなどの活動を通じて、
人が自分の感覚を信じて生きられるための
学びと実践をデザインしている。

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