理解の手助けと、物事の味方を学ぶ。

昨年のある日、支援学校の高等部で2年間担当したことのある生徒から、突然電話がかかってきた。「お久しぶりです!」という声がとても元気で、大人になっていた。1年生のときはやんちゃなタイプで、自分が支援学校に入ったことは不本意だったこともあって、やや荒れていた。2、3年の頃には自分の役割を見出し、勉強も嫌いだったはずなのに漢字を覚えようとしたり、将来できたほうがいいから、と、できない自分をさらけ出して勉強するようになった。

この子は、どこで学ぶべきだったのだろうか、とも考えたことがあった。地域の高校にも行けたのではないか、など。そういうある意味では「不本意入学」のタイプの子どもたちが支援学校の高等部にいて、本人たちから生徒会が作りたいと言われ、一緒に作ってきた。「あたりまえの青春」みたいなものがそこにあって、もしかしたら中学校のときには支援学級という狭い世界で、普通学級の子どもたちのようには経験しないままここにきたのかと思うと、地域の高校に行ったところで差別されまた自信をなくすくらいなら、ここであらゆる経験をさせてあげたいと思った。

彼らの学習意欲は高かった。当初、「できない」「やらない」だった子どもたちは、自分たちができることを知った途端、座り方も姿勢も意欲も一気に変化した。こんなにも伸び代のある子どもたちがいるのかと愕然としたと同時に、今まで何をしてきたんだろう、という気持ちでいっぱいになった。

ところで、
①「1+1=2ということを教える」
②「なぜ1+1=2になるのかを教える」
③「1+1=2を知ることは何の意味があるのかを教える」
の3つでは、圧倒的に意味が異なると思う。学校が、子どもたちに伝えるべき部分は、本来は③なのではないだろうか。それはつまり、「なぜ学ぶかを学ぶ」ということになる。それは「概念化能力」(物事の本質を見抜く能力)と言い、これがものすごく大事なのではないかと思う。

高等部にいた子どもたちは、なぜか①だけを大事にされ、「基礎基本」などという言葉で繰り返し学習やら何やらで、「勉強した気分」のような状態にさせられていた。プリント学習だけが勉強だと思っていたりする。

「知的障害があるから難しいことは分からない」という、こんな程度の理解で教える側が、「内容を簡単にして教える」ということをしてしまう。「知的障害があるから難しいことは分からない」ではないのだ。「障害特性があるから、覚えることに困難がある」、「短期記憶が弱いから計算が苦手」、という理解をしていかなければ、彼らにとっての学びの保障はまったくないと言っていい。

電話をくれた彼は、なんどもなんども繰り返して宿題を出されて嫌になったという。それでも全く覚えられなかった。おそらく彼は、知的障害ということもあるが、極端に「書字・読字」が苦手なだけで、「言語理解」は高いのだ。漢字なんか使わなくていいから思ったことを話せ、と言って作文指導をした。「思い」はとめどなく出てくるタイプだ。メモしていく。ふさわしい言葉を教える。そんなことを繰り返す日常。卒業式は送辞の作文を書いた。しかし、なにせ「読めない」のだ。一字一句読まなくていいから、わかる言葉をきっかけにしてそこで話せばいいと言った。想いが溢れて当日は泣きながらだったが、先輩たちに語るように送辞を読んだ。

いわゆる平均というものの考え方。

ここで、あらためて「知的障害」とはなんだ、ということを見てみたい。これが正規分布といわれるもので、検査をするとこのように一番多いのが真ん中。両端に向かって少なくなっていく。偏差IQ70くらいの部分以下から「知的障害」と診断されるという程度で、この値だって実は曖昧なのだ。一方で、IQ130あたりからも同じように少ない。いわゆるギフテッドとか天才児だとか言われるタイプだ。Special needs educationの概念では、この両端の子どもたちが対象である。

この両端の子どもたちは、平均値から近い子どもたちと、学び方や学びの速度が異なるというだけの話である。が、ここが簡単そうで難しい。もし、学びの「速度」の問題だけで済むのであれば、学年を変えてしまえば解決するのだ。それだったら、ゆっくりと時間をかけて留年して学べば学べるというタイプ、あるいは飛び級してどんどん進んで学べるというタイプ、というだけだ。

問題は、彼らの「学び方」に特性があるという点である。だから、今日の本題であるが、「簡単なことを教えればいい」という問題ではなく、彼らが「なぜそれを学ぶのか知る」というところまで、教えるべきなのだ。だからこそ、その特性とは何か、何が得意な認知能力なのかを知ること、つまり、アセスメントの重要性がここにあるのだ。

ところで結局、彼の電話の要件は、「せんせー、えーでぃーえーちでぃー(ADHD)ってなんですか?」というものだった。衝動性も高い彼である。もしや自分がそれだと気づいたか??と思って、どうした、と問うと、「今付き合ってる彼女がそれだと診断されたんですよ。おれ、なんか気をつけてあげなきゃないこととか、あったら教えてください!」。今まで、いろんなところでいろんな人からあの子はADHDかなとか、我が子がとか、相談もいろいろあったけれど「おれにできることって何ですか!?」って、こんな言葉を聞いたことはない。自分ごととして相手のことを大事に思っている言葉。なんて優しいんだろうと思った。卒業して、8年目の電話。やはり彼らは私の先生だ。






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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。

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