共通一次、センター試験、そして2021年からの「共通テスト」。名前は変われども、入学試験制度は変わらず、応援する雰囲気も、塾に掲げられる文言も、受験勉強というものにまつわるイメージも昭和のままなのは気のせいだろうか。

キャリア教育などと小学校から始まったものの、価値観の多様性が広がるわけでもなく(知っている職業は増えたかもしれないが)そもそもの職業観(ちゃんとはたらくのがいいことであるかのような)は変わらず。田舎暮らしをしていると日中に買い物をしているのは主婦か高齢者か、という図も変わらない。平日に出歩こうものなら、「今日はお休みなの?」と問われる。大体の人が平日にははたらいている。とたん、はたらいていない気分になるがそもそも「はたらく」のが毎日同じとこに行くことだなんて定義はないのだ。いや、「大人になったらはたらく」という決まりもない。

「はた」を「らく」にするのが「はたらく」であれば、そばにいる人が楽になる暮らしができたらいい。それはとても幸せだから、価値観は違っていい。わらしべ長者の話が好きだ。なにもしないで寝てばかりの主人公が、次々と富を得ていく話だと思っているかもしれないが、本質はそこではない気がしている。得たものに執着せずにどんどん手放していく主人公だからこそ、こだわらずに次々と変化していくだけの話だと思っている。「これに価値があるかもしれない」「これをもっと高く売れるんじゃないか」なんて思っていたら、ああいう結果にはならない。いまだに価値とされるのは、「一生懸命頑張る」ことであり、「あきらめない」ことである。「手放す」ことや「執着しない」ことや「変化すること」は良しとしない雰囲気がある。

さて、わたしは入試制度が苦手だった。というのは、たった一回の試験で決められる感じが嫌なのと、そもそも緊張するとほぼ頭が真っ白、パフォーマンスが下がった状態で試験を受けるので高校の時の模擬試験とかいうものはほとんど点数が取れない(つまり実力テストができない=実力はない)。一方、まじめに授業を受けるので定期テストの点数はいつもいいし、この先生はこの問題が好きそう、という予測がつくので緊張しない定期テストは好きだった。

そんなこともあったのと、いつも雪の降る寒い試験会場にごった返し、「必勝」と掲げた塾の応援なんかがテレビに出るたびに、なぜか母は「戦争でもあるまいし」と拒絶反応を示し、「あれを受けないで大学にはいけないのか」と言った。それをきっかけにして、「推薦入試」というものがあることを調べた。なので、学びたいことがはっきりした段階で大学は推薦で行く、と決めた。そもそも専門学校で絵を勉強するくらいしか進路なんて考えていなかったから、そのうち心理学や福祉に関心を持ったことと、福祉大の推薦は自己推薦型だったのでこれならいいか、と考えて早々と国立大進学の道は手放した。

入試の方法もいろいろであり、進学そのものへの考えもいろいろでいい。資格や学歴はあとから「なるほど」と思う程度にしか使われない。そのひとが、しあわせに暮らせていれば関係なくて、結局は外からみたときの判断基準の一つである。高い授業料の分だけ、しっかり学ばせてもらった。出会いがよかったとも言える。生活は苦しかったが充実していた。

いまだに「高校くらいは行った方がいい」とか「大学は行った方がいい」というようなことを言う。根拠があるなら言ってもいい。雰囲気で言うならやめた方がいい。また、いまだと障害のある子どもたちが18歳から行く場所がないことで「福祉型大学」も現れてきた。「入りたい人が入って学ぶ場所」でいいと思っている。入試制度そのものをなくしてもいいと考えている。必勝を掲げて入ったが、燃え尽き。志望校に入れなくて引きこもり。こんなのはおかしい。「入りたい」=「学びたい」であるべきで、「学びたい」がモチベーションになるなら卒業を厳しくすべきであり、途中退学自由の方がよほどいい。そして転入、編入制度が充実することのほうが限りなく可能性を伸ばせる。まずはチャレンジし、合わなければ次に、が簡単にできるのが「学校」の良さであり、そこでとことん行ったり来たりしてもらった方がいい気がする。「学校選びで失敗しないように」なんておかしい。学校は失敗するところだ、って小学校一年生で習ったはずだ。人は、選ぶことに失敗もする。

そんなわけで、大学でもなければ、学校制度でもないけれど、「学びたい」という気持ちを応援できる場所があったらそれでいいな、と思っている。そしてそれが、「学び続ける」ってことなので、生涯発達支援塾TANEってネーミングはわりと気に入っている。(最後は自画自賛!)

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。