2月7日に、例年であれば仙台メディアテークにて開催されていた「障害のある人と芸術文化活動に関する第見本市」。今年はこのような状況だからこそのオンライン開催。と、だいぶ豪華な場になっています。みどころがありすぎるのでちょっとよく分からないくらい。

で、今回は「かたる」「まなぶ」「ひらく」がテーマの3日間のうち、わたしは「まなぶ」のところにちゃっかりと進行がかりとしています。時間があったらのぞいてみてください。

そんなこともあり、「生涯学習」ってなんだろう、最近頭の中がぐるぐるとしています。最近は、障害者の18歳以降の学びの場不足について問題視されることが増えました。進学する形としての福祉型大学とか、専門学校とかも増えてきました。このあたりは「生涯学習」ということよりも「学校教育」という幅で見た方がよさそうです。そんなこともあり、実は複雑な問題をはらんでいるなあと感じていました。

ひとつは、「みんなが進学しているから障害のある人も進学できたらいい」ということについて。「高校のあとの進学はいまどきあたりまえ」「もう少し青春を謳歌させたい」というもの。たしかに事業所に行くだけの生活になることの弊害は多く、伸び盛りの時期に仕事だけになってまるでコミュニケーションが退化した方がいました。福祉施設側は工賃やら国の制度やらの縛りも厳しい。こういう全体的な問題も含んでいて、昔はたくさんみんなで遊んでいたのに今は国の基準やらが厳しくてできないという声もありました。しかし、一方で「進学があたりまえ」というような風潮自体も少し古い。「個別最適化」を考えると、教育の場と福祉の場のあり方そのもの、またもっと考えれば「健常者」と「障害者」の定義自体が変化していくことも必要なのではないかとさえ思える問題です。

もうひとつは、「障害がある人が〜」ということではなく、「その子はどうしたいの」に寄り添っていることなのかということ。ここらへんは、もちろん選択肢の少なさが問題。だからある意味では、「学びの場の少なさ」という一括りよりは、「卒後の選択肢の貧困さ」という問題で取り組んだ方が正しい気がします。もちろんそこには制度をうまく利用したはたらきとまなび、ということもあるでしょう。

最後に、そもそも「まなぶ」って何さ、ということ。カルチャースクールや塾やサークルや余暇みたいなイメージだけではなく、むしろその人にとってやりたいことを追求することだってまなび。人によってはまなぶと働くが同義の場合もあるし、まなぶとあそぶが一緒の人もいる。曖昧な言葉でわかった気になってしまうことが一番イメージを狭めていくから、この「まなび」の定義がどんどん拡張して多様化して、なんだか分からん、となってしまって、がちがちに固まった「生涯学習!」ってやつを塗り替えてみてはどうかしら。

なんて激しいことを言ってしまったが、みなさんはどう考えどう感じるか、まずは先進事例にたっぷり触れていただくチャンスをぜひお見逃しなく!

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。