2/20のOTONA書道で生まれた作品たち

最近、書道三昧である。現在は、月曜クラス2回、土曜クラス2回、OTONA書道1回の計5回が書道に関わる時間。ただ、中身が濃いからなのかもっと関わっているような気にすらなる。そういえば他地域でも開催したいなあという夢もあり、じわじわ広がりそうなこともあったりして今年はもっといろんな地域でお出かけ書道をやりたい(ぜひお声がけください。黄色い車でどこまでも行きます)。

さて、先日のOTONA書道では「紙をちぎって書く」というのをやってみた。そもそも「四角い紙」で「まっしろ」というものに向き合う時には緊張感が生まれる。そしてそこに「中心」というものが生まれるために、「バランスの問題」というものが生まれる。ただのまっしろに、どう配置するか、どこに余白をとるかという問題は、その「まっしろ」に枠があるから生まれてくる。

ちぎった紙には、そもそもそのいい加減なちぎられ方で生まれた偶発性がある。なんかのかたち。枠組みがあるようでない。ちぎることによって生まれたその片側への余韻。方向性への自由。とにかくちぎったとたんに生まれる自由度が一気に広がる。そこに、ただなにかを書くのである。

ちぎった瞬間に「あ、なんかおもしろい」「おもしろいことしてみよう」となっていた。表現しようとして表現しているのではなく、遊ぶという感覚。おとなが紙を破いてなんか書いて笑い合ってる場を見てたら幸せ以外のなんでもない。「もやもやしてた」という方々が、「あー!楽しい」と言って書き続けていた。

「書く」ということを通して、「いま」という瞬間に集中できる。これが書道の瞬発性だ。絵の場合はわりとじっくり時間をかけることが多い。書の場合はライブであり、それは一瞬で書きあがり一瞬で過去になる。筆を紙に置いた瞬間から表現が始まり、そのときにはもう「いま」を意識するしかない。これはまさにマインドフルネスそのものである。

もうひとつ、この「場」だから生まれる作品というのがある。少なくとも何人かで集まり、それぞれの視点が重なり合うこの場で、それぞれが思い思いに書くだけではなく、「みる」「ほめる」「まねする」「あらわす」「つたえる」という様々な関わりが生まれる。もちろんそれは言語で伝達していない場合もある。だれかの表現を見るということだけでも成り立つコミュニケーションである。家でたった一人で書いていたのでは「おもしろいことしてみよう」という意欲はなかなか湧かない。また、いろんな人の表現があるからこそ「次はあれをやってみよう」という挑戦ができる。

図らずもたくさんの副産物を生み出している。「楽しい」「おもしろい」だけでは片づけられない「なにか」。そんな場にいられることが本当に幸せだということを噛み締める日々である。

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。