根に持っていることがある。それは教員だったころに「謙虚さが足りない」と言われたことだった。言われたときには、まったくなんのことか分からなかったために、聞き返すこともできなかった。あとから、やっぱりなんで言われたのか分からなかったので、結局真意がつかめないまま、もやりと心に残った。

最近になって、「わきまえる」という言葉が注目されていて、なんとなく、ああ〜、こういう感じなのかも、と納得した。会議で反論するとか、気になることを言うとか、やりたいことをやろうとするとか、そういう行動が鼻についていたのね、と思うと同時に、この国のジェンダーギャップ指数が世界120位であることの実体験みたいなもんだな、と感じた。

さて、「ジェンダー」であるが、私は3歳から4歳まで男の子になりきって、その後は女の子である。とりあえず結婚してみたけれど、あまり合う制度ではなくて、離婚した。もう少し深く考えたり、計画的な人間だったら、人生ってやつが計画通りにいったのだろうか。と、思ったものの、高校時代に書かせられた「キャリアプラン」的なもの、そんなものを出したくもなくて闇に葬った記憶があり(おかげで家庭科の評価が低かった)、そもそも計画なんてしていないことに気づく。結婚した年齢もわりと早かったので、予想外の出来事に周囲が驚愕した。現行の結婚制度については疑問点ばかりだし、そもそも「だから一人前」的な見方もまだ残っていたのを感じ、いろんな意味でいい経験だった。

五味太郎の「大人問題」が大好きで、自分が大人側になるにつれ、ああ馬鹿馬鹿しいぞ、大人って。と思うことは多数。少なくとも自分の人生で「不本意ながら」と続けることは辞めたい。理不尽さや違和感を感じ続け、遠ざかる方法を見出したいと思う。

私の周りには、わりとけっこう、いや、かなり、「ジェンダー」というものとしっかり向き合っている方々がいる。最近も学生たちとの出会いでそういう話をすることができて、とても嬉しい。男女平等と言われている割には、あたりまえのように男女差を感じさせられる学校制度で育ち、大人側の無意識の差別に違和感を感じつつも、結局メディアでは「かわいらしさ」がまだ美徳であるという雰囲気も十分察知できてしまうだけに、それに対する圧倒的な嫌悪感、自立していない母親モデルへの拒絶感、女性であること自体への否定的感情が、より複雑な形で表出されているといっても過言ではない。

それゆえに、中性的なものへの憧憬、自立したものへの憧れ、一人であること、頼らないこと、などが価値基準となっていく。しかし、乗り越えてからそこに行き着いたわけではない場合はとても未熟な形で「孤独であること」を選択することになり、それはジェンダーフリーというところに着地しないので、やはり痛々しい場合もある。

わたしには子どもがいない。これも一般的にはコンプレックスになる事象のひとつであることを知っている。私の場合は幸いなことに、「社会的子育て(そーしゃる子育て論)」と勝手に名付けて、多くの子どもたちを社会的に子育てしている状態なんだよなあと思うようになった。「子どもは地域の宝」という言葉が昔からあるように、もともとはそうした多様な家族のあり方、あるいはコミュニティのあり方があったはずなんだと思う。一夫一婦制も結局便宜的なものだ。夫婦などという単位として数えている限り、「個人の自立」は形成されない。信頼できるパートナーがいる、ということ、それは異性でも同性でもひとりでも複数でもいい。自分の手に負えるいいかたち(それをしあわせというのかもしれない)であればいいと思う。

母も離婚してのびのびとした人生だったことが私には大きく影響しているだろう。父も母のことが好きだったのだろうが、それでも一緒に家族をやろうってのはそんなに簡単ではない。だから、それぞれの立場と距離で見守ってもらえたのは幸せだった。そういう意味では、「自立した男女に育ててもらえた」という自負はある。責めるような、それで自分を可哀想だと思うような、そんな様子を見たことはない。大きくなるにつれて「お母さんを支えなきゃねえ」的なことを周囲が言ってきたが、そんな感じでもないのよね、と、冷静に思っていた。家族だって人間関係なんだから、楽しくなきゃ一緒にいたくないでしょう。そんな感じである。

つまり、自分がちゃんと自分の足で立ってるのか、ってのが先。男か女かとか父か母かとか結婚してるかしてないかとかそんなことを子どもたちは求めちゃいない。それよりも個人として「あんた、どういう考えで生きてんの?」って突きつけられているのだな、と思う。隠れDVのような、家庭内モラハラのような、そんな関係性を見せつけられて育つことの弊害。それを選択「させられている」という不健全さ。人権侵害はまだまだかなり根深い。違和感を違和感と思えるうちはまだいい。それに気づく人が増えるだけで変わるだろう。夫婦関係に我慢は当たり前、、、。そんなのは我慢して生きてきた人間の、逃げ切れない自分からの「逃げ」の言葉だと思っている。それが脈々と、連鎖するように子どもたちの「生」と「性」に影響しているように見えてならない。

そんな話も含めてしていきたい、6月20日、「性教育と権利」、お待ちしています。

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。