ささやかな仲間意識が芽生えた帰り道

福祉や教育という枠組みだけでは救えないニーズがある。それはあたりまえといえばあたりまえなのだが、もしそこに手を差し伸べられたらうまく行くかもしれない、と思えた時に、何もできなかった苦い経験がある。その「スキマ」や「つなぎ」のような部分のニーズを、いったい誰が、どうカバーするんだろうと思いながらこのような仕事をしている。

しかし、「こういうニーズにお応えします」と銘打った瞬間に、そこには分断ができ、そこに合わない人たちというのもまた、出現してくる。障害名が増えたり、研究の成果で病名が増えるのとまた同じでもある。

「いきなり集団に入るのは難しいから、少人数で時間をかけていきたい」、「働くということの前段階だけど、こんな雰囲気でお願いしたい」みたいなニーズがあったとして、「いやあ、いずれは集団で仕事だってしなけりゃならんから慣れないと」などということもたまに見かけるが、それによって最初のステップが踏み出せないならそれはやっぱり違う気がする。

「そんな感じでやってみよう」というスモールステップのさらに小さいステップを踏むくらいの居場所、個人的なサポートみたいなもの、そんなことをする場所としてTANEの居場所支援がある。とは言っても、公的サービスでもなければ完全なるスキマ産業であるからもちろん有料ではあるが、月2回のささやかな活動である。現在は青年二人が、それぞれいろんな思いを抱えつつも通ってきている。

お互いに会話もない二人だが、趣味だけは「カラオケ」という一致項目があり、計画して電車を駆使し、カラオケに出かけることにした。会話もなくスタスタと歩く不思議な二人組である。

人の成長や発達がどんな時に起きるのか。成人になってからは、やはり人との出会いによるものだと思う。先輩であるMくんは、なんとなく新入りのNくんに気を配り、声をかけたり、誘導したりしている。一方でNくんも、全く我関せずだった態度から、帰り道にはMくんを待ったり、立ち止まったりと、他者を意識する行動が現れ始める。なんともいえない気持ちになった。「一人」から「二人」になっていく。ずっと一人でいた彼の中に芽生えた何かである。

今回の変化に、「自閉症だから」だの「発達障害は」だのという方法論はない。しかし、だからといって必要がないということではないのだ。彼らの発達特性や、これまでのストーリーを知っていることで、「余計なことを言わない」という支援ができるということでもある。

おしゃれは引き算が肝心です、というのをファッション誌で見つける。シンプルライフも語られはじめる。生き方の問題とも重なる。「捨てること」も必要なのだ。専門的な知識というものは、それを「知っている」ことと「適切に使う」こと、そしてそれを「適切に捨てる」こと。「ひきこもり」の専門家やら、「発達障害」の専門家やら、なんだか世の中にはいろいろな専門家が溢れてしまう。そのうち、「普通の人の専門家」なんてのもできるのではないだろうか。

話がずれてきたが、ささやかな変化を楽しめること、というのは対人援助をしている人間にとって最高の幸せである。量産ではない。できる範囲で、できることをすると、やはり世界は幸せになるはずなのだと思う。一緒にいる、ということだけで変わることがある。ささやかな変化を見届けることができるささやかな人間がいることで、救われる人もいる。世界の価値観を変えるためには、やはり半径1メートルからなのだと思う。そう思ったら、小さなことしかできない弱さが強みかもしれないな、と思えたカラオケの帰り道。


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櫻井育子(さくらいいくこ)。宮城県石巻市出身。特別支援教育士。宮城教育大学大学院障害児教育専攻修了後、小学校、特別支援学校の教諭を経験後、発達支援の現場が生涯を通した支援が不足していることに気付き、福祉と教育と地域を横断する人材を育てるためのコーディネーターを行なっている。得意分野は遊ぶことと書道。NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ代表。

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