ついに宮城県でも感染者がじわじわと増加つつあり、外出自粛要請が出た。そんな中、我が家に届いた一枚のハガキ。もうだいぶ前の卒業生で、昨年偶然再開してから年賀状をくれたのだが、なんでもない時にハガキが来たのははじめてだったので驚いた。

こんなときに誰かに手紙やはがきを書こう!と、思ったことは自分自身なかった。このハガキの存在に、勇気付けられ、励まされ、感動した。この騒動の中で、こんな気持ちにしてくれた彼の存在の尊さ。不安もある中で、情報に押し流されることなく、会えないならば自分の現状を伝えようと思った彼の発想。きっと彼は先生方、職員の方々、みんなに送っていることだろう。

4/2は、世界自閉症啓発デーである。そしてこの日から1週間は、発達障害啓発週間にもなっている。石巻では石ノ森萬画館をブルーにライトアップし、登米の放課後等デイサービスのネットワークは昨年から動き出し、佐沼イオンで各団体が展示を行っている。こうした小さな活動が日本全国で行われているのだが、世界の関心は現在、新型コロナウィルス感染にあるのでなかなか見つけにくい情報である。

見つけようとすると見つかるが、流され続ける情報をのみ受け取っていると自分の必要としている情報とは出会わない。
しかし、問題なのは、どういう情報を必要としているのか分かるためには、自分の判断基準を持ち合わせていなければならない、ということでもある。

「みんながしているから」
「テレビで言っていたから」
「○○さんが言っていたから」

という情報に、つい流されてしまうのだが、
「それは、なんで?」という追及によってのみ、第一次情報にたどり着ける。

例えば今回の「マスク2枚」なども、「なんでそういう結論になった?」という部分を強調して伝えるのと、結果のみを伝えるのとでは、国民の受け取り方が異なったはずだと思う。(もちろん、その前からの政治への信頼関係がものすごく重要だということは大前提だ。)

子どもたちの喧嘩だって「なんでそうなった?」と追及したら、あたりまえに「対話」できるのだ。しかし、繰り返される「先生がダメって言った」「大人が禁止した」の生活の中で、もしかしたら私たちが見失ってしまったものは、「対話」だったかもしれない。

情報も、対話が必要だ。
「鵜呑みにする」、という言葉があるが、与えられたものを丸ごと吞み込もうっていうのは苦しい。違和感があるならば、それを追及し、調べて、徹底的に情報と対話するべきなんだろう。

そして、それによってたどり着いた答えや、話し合いそのものに意味があるのだと思う。特に子どもたちと向き合うためには、大人が未知のことを、どうやって情報を得て、情報を判断し、自分の主体的な「行動変容」にするか、ということ。それを今、試されていると思っている。それができてはじめて、「主体的・対話的で深い学び」というものを教える(または一緒に考える)ことができるのだろう。

世界が変わっていく。日々が変わっていく。
これを自分の視点でどう見続けるか。
では私たちにとっての日常とは何か。

それについてじっくり話し合える時間は、今たくさん与えられているのかもしれない。


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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。

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