オンラインの学習がスタンダードになるかもしれない。熊本市ではすでに小中学校のオンライン授業がスタートするそうだ。この各自治体のスピードの格差が今後はさらに拡がるような気がしてならない。

文部科学省では、昨年から「GIGAスクール構想」というものが考えられていて、具体的には一人一台のパソコン使用、オンラインでの学び、個別化最適化された学びなどを目的としながら、変化する時代に応じた学びを保障しようと動きがある。

外出ができない今となっては、「学校に行く」という選択肢以外で子どもたちがどう学ぶのかを考えなければならない。オンライン授業がすべての学校で可能になったら、そもそも不登校という概念さえなくなる。とても理想的だと思う。

この緊急時においてオンラインの教材があるから大丈夫、自宅で学習を進めます、と言えるのは実は学習レディネスの整った場合が多かっただろう。それはもちろん、PCやタブレットなどの保有環境、ネット環境、周囲の大人のリテラシー問題もそうだが、子ども自身の「内発的動機づけ」、つまりモチベーションの問題が大きいと思う。突然の休校でも自宅で淡々と学習できたり、これを機に個人研究をしてみた、なんていう素晴らしい学びの時間になった場合もあるが、その一方でそれがないタイプの子どもたちは、暇を持て余したり、ゲーム依存になったり、いろんなパターンに分けられた。

特に障害がある子どもたちの場合には、自分で学習を進めるということが難しいタイプもあり、放課後等デイサービスでは様々な工夫をして1日を過ごしている。オンラインではなかなか表情や空気感が掴みにくいことや、操作の理解、こうした障害のある子どもたちへのオンラインサポート(アクセシビリティも含めた)は、発展途上である。

また、学校に行き、周りのみんなを意識しながら、先生の言うことを聞いたり聞かなかったりしながら通っていると、例えば、「先生が怒るからやっていこう」「みんなもやってるから聞いておこう」「成績良ければディズニーランドに行ける」という、外発的な動機づけによって学習する意欲が支えられてしまっていたりする。集団の力とは、ときに素晴らしい結束力で周りを感動させるが、その内情は「協力しないといじめられる」のような、外発的動機付けに支えられた非常に弱いつながりを形成し、排他的な団結力が現れることがしばしばある。

オンライン、個別化を進めていくためには、環境整備だけでなく、その本人が「なぜ学ぶのか」を考えるという根本的な部分も育てなくてはならない。単純に授業をオンラインにしただけではすまないのだと思う。さらに個別的な関わり、本質的な学びの意味を共に考えていかなくてはならない。

それはつまり、今まで通りの指導ではもはやカバーしきれない問題となるだろう。基準のない世界に足を踏み入れ、子どもたちはモデルのない社会を手探りで未来を作ることにチャレンジしていくようなものだ。

職種、生き方、お金の使い方、稼ぎ方、人生観。実は戦後から急激に変化しているわりには変わらなすぎた学校での価値。オンライン=学校に行けないから仕方ない、ではなく、オンラインで可能となるものを教える側がきちんととらえていない限り、それはまた、学習レディネスの整った子と、そうでない子の分断を生み出すだけになってしまうのではないだろうか。

例えば、「ほら、片付けなさい」「チャイムなったでしょ」「静かにしなさい」という言葉をかけ続けて勉強してきた子どもたちに、パソコンの前に座っているという状況を遠隔で操作するには、どうしたらいいのか。本当に「楽しい学び」「好きなこと」「やりたいこと」「わかる喜び」。内発的動機づけを持つこと、そもそもずっと昔から言われてきたことでもある。興味関心からスタートするのだということ。大人が圧力をかけるものではないこと。

大学生が、「生徒化」している、という批判は私が大学生の頃の話である。大学が生き残りをかけて資格や就職を目的とし始めた。確かにもはやその時代には大学生に価値はなく、リーマンショック後はさらに顕著となり、専門学校が増加し、就職率という言葉が最大の武器になっている。それはそれで理にかなっていた時代もあったのかもしれない。今では支援学校でさえも、まるで高等部は職業訓練校のようになっている。損得勘定というものが様々な場面での自己決定を支配するようになっている。まさに外発的動機付けに支配された世界だ。

実は文科省のGIGAスクール構想の目的の最後の部分には、「経済成長」という言葉があり、私は少し違和感を抱く。結局、「やり方」を変えただけで、世界がどうあるべきかという部分については、経済成長ありきの考えを持っているということなのだろうか。

子どもたちとはもっと先を一緒に考えていかなくてはならないと思うし、今の日本についてもっと冷静にとらえることも必要なのだと思う。幻想ではなく、事実を。経済成長の裏側、格差社会、成長だけが幸せではないこと、衰退は発達の一部であること。

オンラインでの学びを整備するとは、そういう意識の改革も教員すべてに行き届いていくこと。制服やら校則やら生徒指導やら、そういう世界観をもう一度見直す、という実はとてもアナログな環境整備が先ではないかという気がするのだ。

実は今年度から、ある専門学校で週1日だが講師をすることになった。将来は子どもに直接関わる若い方々と出会えるのは嬉しい仕事になる。専門学校だからといって、その職業になることが前提というわけではなく、まだ若く、手探りの時期にたまたまこの職業に興味を持ってみた子もいるであろう。本質的な学びを保障するには、やはり関わる側が、どういう価値観で生きているかを問われるな、と思う。

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櫻井育子(さくらいいくこ)
生涯発達支援塾TANE 代表(コーディネーター)

宮城県石巻市出身。特別支援教育士。書道師範。東北福祉大学福祉心理学科を卒業後,宮城教育大学の大学院で障害児教育を学ぶ。インクルーシブ教育の研究をしながら,ソーシャルスキルトレーニングの団体で発達障害のある子どもたちと出会う。2003年に石巻市で,任意団体「NPO石巻広域SSTの会アドベンチャークラブ」を立ち上げる。小学校,特別支援学校の教諭経験後,2016年に退職し,「生涯発達」の視点から教育,福祉を考えるコーディネートチーム「TANE」を主宰。ひとりひとりの違いを楽しんで生きる社会の実現を目指しています。

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